漫画『キングダム』にも出てきた廉頗と藺相如から生まれた言葉「刎頸の交わり」

原泰久『キングダム』18巻より

漫画『キングダム』を読んだ人であれば廉頗という人物を知っていると思います。また最近では藺相如もキングダムに登場したためどんな人物なのか気になった人も多いのではないでしょうか。

ここでは『キングダム』では描かれていない廉頗と藺相如のエピソードを紹介したいと思います。


廉頗とは?

廉頗は戦国七雄の趙の将軍ですが、春秋戦国時代を舞台とした漫画『キングダム』では魏の将軍として出てきました。廉頗は晩年、趙から魏へと亡命しています。キングダムでは魏へと亡命した廉頗にオリジナルのストーリーを付け加えて描いています。

元々は趙の将軍として活躍していました。有名なエピソードとしては秦の将軍・王齕が趙を攻めてきたときに廉頗が派遣されました。これが有名な「長平の戦い」の始まりです。秦軍の勢いは凄まじく、廉頗は長平の城塞をいかして籠城し持久戦へと持ち込みました。

そこから2年がたち攻めあぐねて疲弊してきた秦は白起将軍を呼び出し打開策を聞きます。
白起は「廉頗は歴戦の猛者であり、廉頗が城から出てこない限りは戦いにならない。しかし若年で経験不足の趙括であれば手がある」と言いました。それを聞いた秦は廉頗の代わり趙括を総大将にすべく、趙に間者を送り「秦は趙括が指揮をとることを恐れている。廉頗は老いているが趙括はまだ若く元気だ」といったような噂を流したのです。この作戦が見事にハマり趙は廉頗に代わって趙括を総大将としました。

廉頗に代わって総大将となった趙括は秦軍の誘いに乗って城から打って出てしまい、事前に長平城の側面に伏せられていた別働隊により長平城を占拠され、本陣を失いました。

更に秦は補給線を断ったため、趙は食糧がなくなりました。焦った趙軍は秦軍に突撃をしますがこれも破られ総大将の趙括は戦死、残った20万人の兵士は降伏したのです。

降伏した20万の兵士を養うだけの食糧が秦にはなかったため、白起は少年兵240名を除くすべての兵士を穴に埋め殺してしまったのです。

この戦い以降、趙は滅亡への一途をたどるわけですが、この後も廉頗は戦争に参加して趙を助けています。長平の戦いで弱ったところを攻めてきた燕を破り、燕の城5城を取りました。また秦は廉頗が健在中は趙に対して手を出せませんでした。

趙王の孝成王はこれまでの功績から廉頗を相国代行に任命しました。しかし、孝成王が崩御して悼襄王が即位すると、太子の頃から廉頗と仲が良くなかった悼襄王は遠征中の廉頗に対して将軍職の剥奪を言い渡しました。それに怒った廉頗は趙の将軍楽乗を攻撃して破りました。これにより趙にはいられなくなり魏へと亡命したのです。

藺相如とは?

原泰久『キングダム』50巻より

完璧

藺相如はもともとは趙の宦官・繆賢の食客でした。あるとき秦が趙の宝物「和氏の璧」と秦の城十五城の交換を申し出てきました。秦は強国のため、これは口約束で交換の気などさらさらなく和氏の璧だけ奪われる可能性もありました。またこれを断れば侵攻の口実になる恐れもあり、趙は困り果てていました。

そんなときに宦官の繆賢が藺相如なら使者として役立つと趙王に紹介しました。
藺相如は「秦は強いためこの申し出は受けざるを得ないでしょう」と王に言いますが、王は「和氏の璧だけ奪われ城を渡さなかったらどうするのか」と問うと「私が使者として行き、城を受け取れれば璧は置いてきます。受け取れなければ"璧を完うして帰ります"」と言いました。(完璧の由来)

秦の咸陽に入り、秦王(昭襄王)と対面した藺相如は和氏の璧を渡します。しかし秦王はそれを見せびらかすだけで城の話をする気配がありません。
そこで藺相如は「実は和氏の璧には傷があるのです。その場所を教えましょう」と言い、秦王に近づき和氏の璧を取り返しました。

そして藺相如は怒りを露にし、「約束を守らないのであれば璧とともに柱で自分の頭も叩き割って死んで見せましょう」と言います。慌てた秦王は地図を広げ城の話を始めますが、それでも渡す気がないと判断した藺相如は「趙王は5日間身を清め和氏の璧を渡された。秦王も受け取るのであれば5日間身を清めるのが礼儀です」と言いました。

秦王はそれに従いました。そのうちに藺相如は和氏の璧を従者に持たせて趙に密かに帰らせました。

5日間身を清め、和氏の璧を受け取ろうとした秦王に対して藺相如は「秦は繆公以来二十余代、約束を守った王の噂を聞いたことがない。そのため璧はすでに趙に持って帰らせました。秦王を欺いたのは大罪であり死罪を賜りたい」と言いました。

秦王は「藺相如を殺したところで璧は手に入らないばかりか趙から恨みをかうだけだ」と言い藺相如に帰国を許したのです。

和氏の璧を失わないだけでなく、趙の面子も保った功績から藺相如は上大夫に取り立てられました。

黽池の会

その後、秦は趙の恵文王に黽池(べんち)にて両国の友好を祝う宴への出席を求めてきました。黽池は秦の領地であるためなにかあったとき救出が困難ということ、そして祝宴のため兵を多くは連れていけなということもあり、無事に帰ってこれそうにもありませんでした。

そこで藺相如が趙王に付きそうこととなりました。宴では秦王(昭襄王)が趙王に瑟を弾かせて、記録官に「秦王、趙王に瑟を弾かせる」と記録させたため、藺相如は秦王に「缻(素焼きの器)を叩いて酒席に興をそえていただきたい」と言いました。秦王は無礼だと怒りましたが、藺相如は「断るのであればあなたを道連れにしてここで死ぬ」と言い、秦王に缻を叩かせ、記録官に「趙王、秦王に缻を叩かせた」と記載させました。

その後、秦の家臣が趙王に「秦王の長寿を祝って、貴国の十五城を献上されてはどうか?」といってきたのに対し、すかさず藺相如は「貴国こそわが王の長寿を祝って首都咸陽を献上されてはいかが」と返しました。

こうして宴では秦は趙を格下扱いをすることができず、趙へもどる際も警備が万全だったため何もすることができませんでした。

この功績から藺相如は上卿に取り立てられ、同じ上卿の廉頗将軍よりも上に置かれることとなりました。

2人から生まれた言葉「刎頸の交わり」

戦で手柄をいくつもたて出世した廉頗は、戦に出ず、口先だけで自分よりも高い地位に就いた藺相如を良く思っていませんでした。廉頗はところかまわず藺相如に対する不満を口にしていたため、藺相如の耳にもそれが入りました。

藺相如はそれを聞いて以降、廉頗と会わぬよう病気と称して外出をしなくなりました。ある日外に出た藺相如は廉頗と偶然会いそうになったため、建物の裏に隠れ、廉頗が通りすぎてから家に帰りました。

それを見た家臣は「あなたの高義を慕っているから仕えているのに、あなたは廉頗を恐れて逃げて隠れている。そしてそれを恥じる様子もない。もう我慢ができない」と伝えました。それに対して藺相如は「秦王とわたりあった私がなぜ廉頗将軍を恐れようか。秦が趙を攻撃できないのは思うに廉頗将軍と私がいるからであり、今廉頗将軍との仲が悪くなればそれは秦の思う壺である。個人の争いよりも国家が大切だからこのようにしているのだ」と言ったのです。

この話はたちまち宮中でも話題となりました。それを知った廉頗は藺相如の家を訪ねます。廉頗は藺相如の前で上半身裸になり、これまでの無礼を謝りました。そして持っていたいばらの鞭で気が済むまで叩いて欲しいと言ったのです。
藺相如はそれに対し「将軍が居るからこその趙です」と廉頗を許しました。

心を打たれた廉頗は「あなたになら首を刎ねられても悔いはない」と言い、藺相如も「私も廉頗将軍のためなら喜んで首を刎ねられましょう」と言ったのです。

「その友のためなら、たとえ首を切られても悔いはない」という意味の「刎頸の交わり」「刎頸の友」という言葉はここから生まれたのです。

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